11_拾いもの :ヒロキ 家に帰り戸を閉めて振り返る。 近くにいたサクハと、すぐに目があった。 「なに、人狩りでもしてきたの」 それ、と指さされているのは旧市街から運んだ少女。 意識はない。 「よく見ろ、人じゃない」 「そのようね、野良犬に噛まれてる。ヒロキがしたの」 「拾っただけ」 身動き一つしない身体をソファに寝かせる。 「噛まれた傷が結構深いようね」 サクハが少女の身体を覗き込む。 「治せるか」 「直せるけど、そのあとどうするの」 すぐに聞き返される。 サクハの言いたいことは分かる。 傷を治しても、噛まれた事実は消えない。 きっとすぐに、今度こそ殺される。 「相変わらず甘いのね、ヒロキ」 くすりと笑うサクハ。 見捨てるべきだった。 会話中に意識を失われて、それもまだ助かりそうな者を置き去りに出来ない。 その考え方に、自分でも嫌気がさす。 「一般人の感性ね、いいわ、直すから向こうへ行っていて」 言われるまま部屋を出る。 サクハは解体することに関しては一流。 その研究の過程で、作り方、直し方も覚えたらしい。 引き受けてもらえたのは、きっと面白がってのことだろう。 サクハは甘くない。 でも冷たくはない。 どのみち、後が怖いと思った。 _2009/11/18 ← 12_言い訳 :ヒラク 「おっ」 部屋に戻るとサクハの姿。 まさか昨日の今日で来るとは。 「今日泊まるわ」 そっけない態度で言われる。 「ヒロキは」 「別の用事でね、今夜は別行動」 「ということはさっきまで一緒にいたのか」 「ええ、まあ気が向いたら話すわ」 可笑しそうに目を細めて言うサクハ。 ヒロキに何かあったのだろうか。 少し気になるが気が向いてくれるのを待つことにする。 「いつまでいられる」 「そうね、8時くらいまでいようかな」 「随分のんびりだな」 いつもなら夜明け前に出ていくのに。 「ヒロキを気にしないでいいなんてめったにないんだから、たまにはね」 「ほう」 気になる言い方をする。 ヒロキの奴サクに借りでも作ったのだろうか。 まあおもしろそうだからいい。 サクがソファに座ったまま横になる。 沈黙、いつものこと。 パソコンを持ってサクの身体側の横に座る。 「壊れかけの人形を持って帰ってきたの」 「だれが」 「ヒロキが」 今日はずいぶん気が向くのが早い。 それにしても、 「何で人形を」 「直してほしいって言われた」 「はあ?」 「つい直してしまった」 可笑しそうに笑いながら言うサクハ。 そして、小さな女の子をね、と言いたす。 「相変わらず甘い奴だ、お前もな」 「そうね」 おもしろそうだったから、と言い訳して笑う。 たしかに面白そうだな、この後のヒロキの行動が。 _2009/11/24 ← 13_生まれと育ち :トモヤ 二人暮しのマンションで食事をとる。 最近のサユは料理をよく作るから、少し凝ったものがテーブルに並ぶ。 お嬢様育ちとサユは食べる時も姿勢がいい、そういう教育を受けてきたのだろうかと思う。 今日はそんなサユ一つの提案をするつもりだった。 「サユ」 呼ぶとお嬢様気取りの顔がこちらを見る。 「なにトモヤ、嫌いなものでも入ってたの」 「子供じゃあなし、あるかよ」 サユとは吹っ掛けるくらいの会話の方がちょうどいい。 「それより、お前学歴はどうなってる」 サユの手が止まる。 「両親は、小中学校には出してくれたわ」 「いいところの」 「そんな感じね」 そっけなく返される。 あまりいい思い出はないようだ。 「トモヤと会う前、両親が殺されてからの期間はそんなに長くないから、直前まで中学校に通ってたといえるわ」 「勉強は」 「"人"ばかり集めて、どちらかというと英才教育目的の学校だったから、一般の人間の子の内容とは違うみたい」 そこまで言ってサユが口を止めた。 言われることは分かるからこちらから言う。 「よくすらすら答えてくれるな、詮索しているのに」 「お世話してもらっている身だから、そのくらい答えるわ」 むっとした顔で少し強めに返される。 そしてすぐに顔を戻して言う。 「でもなあに、突然」 「お前学校行く気ないかなと思って」 「学校って」 困惑した顔がこちらを見てくる。 確かに、この年齢で高校にも出ていない者が行く学校はないといえる。 「手に職っていうだろ」 「専門学校のような感じの」 「そう」 「こっち方面の」 「そういうこと」 人間とは違う、"人"社会で生きるために。 「そんなところがあるの、よくわからないわ」 言葉通りの顔をしているが興味はあるようだ。 「卒業と同時に戸籍も作られる割と正式なところ、自分のつてで入れてもらえる」 「学費は」 「労働に換えてもらえる」 「すごいのね」 「でも戸籍って」 「この国の戸籍は使えないだろう、それよりある意味もっと強力な身分証明書になる学歴」 「学歴、身分証明?」 「ここ卒業の証明ができれば戸籍がなくても誰も文句は言わない」 「"人"社会のものなら"人間"も文句は言えないということね」 「そう」 それにこれとある程度の能力があれば、一人でも生きていける。 サユもそれを理解したのか目つきが真剣になっている。 「素敵ね、ぜひ通いたいわ」 「それならよかった。まあ簡単な面接があるけどお前なら問題ない」 「そうならいいけれど」 こういう時、生まれの悪さから這い上がろうとする時、血や家を意識しながらも実力主義な"人"社会をありがたいと思った。 _2009/12/16 ← 14_人の分類 :サユ この学校は年齢にかかわりなく入ることができる。 とはいっても、必要最少年齢かその付近の年齢が多い。 学長が将来有望と見た者を年少者を中心に選んでいるからだと聞いた。 そして、入学する者にもさまざまな種類がある。 それはもちろん、人、人形、人間、そして各貴族等の分類を含む。 これらは、基本名乗らないし詮索をしないけれど、立ち居振る舞いで、だいたい分かってしまう。 少なくとも、私はそう思う。 そしてこの"学校"は、入学というより弟子入りに近い。 "学校"の部屋の一つに入ると,部屋の隅の机に自分と同い年くらいの女の子達が集まっているのが見えた。 なんとなく中学校に通っていた頃を思い出いだしてしまう。 すると、彼女らがこちらに気づいて近づいてきた。 「おはよう、サユさん。今日もよろしくお願いしますね」 にこやかに挨拶される。 こちらこそと笑みを返すと彼女らはまた会釈をして元の方へ戻っていく。 また挨拶をされてしまったわ。 扉から遠い、右前の方に座り本を開く。 しばらく読んでいるうちに、だんだんと部屋に人が増えてくる。 そしてそのつどさまざまな挨拶が聞こえてくる。 その中に、耳になじむ声が聞こえたので振り返る。 相手も、ちょうどこちらに向かってきている。 軽そうな表情の彼は初めて会ったときから、よく話しをする。 「おはよう、サユ」 「おはよう、コウキ」 たぶん、だけれど、この人は"人"か人間の貴族なのだろうなと思う。 誰にでも堂々と話しかけることができる、というのがその理由。 そんな彼と私が同じ扱いを受けているということは、私もそう見えているらしい。 だからこそ、この人も私に親しく話しかけてくるのだろうけれど。 年の頃も、近い。 「もう耳に入ってる、このあたりでまた人間が消えたらしい」 「その類の事件は聞きあきたわ、いつの事件」 「昨日」 「被害者は人間なの、人じゃあなくて」 「確かに人間だったらしい」 人間なら、犯人は野良犬でも人狩りでもない。 でもそうすると。 「なら人間同士の殺し合いでもあったのじゃないの」 いわゆる普通の殺人。 "人"社会の自分たちには関係がない。 それに、そんなものありふれている。 「それがどうも、野良犬のしわざらしくて」 「それは確かに大変なことね」 野良犬と言えば、人形から伝染するという感染症を恐れ、人形を殺しまわっている者たちのこと。 人間にそれが感染すれば、人間から人形になってしまうので野良犬が人間を狩ることはない。 少なくとも、人間を殺すことを野良犬として狩るとは言わない。 「そう、人形になるにしてもその兆候が必ずある。でもその人間は消える数日前に検査で陰性が出ていた」 「それじゃあ、治療可能な人間を殺す馬鹿な野良がいるか」 「または進行の早いのがこの街に入ったかのどちらかだろうな」 後者ならはやく手を打たないと大変なことになる。 この街が消えてしまうような。 「まあ、でも自分たちは見習いだし、先輩方の仕事を見るいい機会かもな」 「不謹慎だけれど、そうね」 この病気は人に移ることはめったにない。 同様に人の血を強く受けた人間の貴族も気にすることはない。 自分がそうなら今回のことはコウキの言うようにある意味チャンスなのかもしれない。 _2009/12/10 ← 15_雪と鮮血 :ヒラク 無線機のコードを持つ手がかじかむ。 旧市街に降り積もった雪はもう10センチくらいはあるだろうか。 こんな街で除雪をしようなどというものいないため、出歩く人は雪に苦戦しているようだ。 それよりも今は寒さが問題だ。 空きビルの窓をふさいだだけのこの部屋には、風が吹けばどこからか雪が舞い込んでくる。 逃げ道の確保のためにも奥の部屋へゆくこともできず毛布にくるまっていた。 そんな時だ。 「まさかまだいたなんて」 若干呆れたように言ってサクハが部屋に入ってくる。 ぼうしとコートにマフラー、そしてブーツ。 冬の完全防備といったところか。 サク部屋中央のソファに座って身体を小さくした。 「せめてストーブとか」 「サクがいるならつける」 すぐに部屋の奥からストーブを出す。 直接火を入れるタイプのものだから、暖かくなるには時間がかかる。 「あるんじゃない」 「燃料の節約とセキュリティ上な」 「セキュリティって」 「部屋が暖かいと、逃げても居た形跡がばればれだから」 自分はあくまで非戦闘員、戦闘に関しては一般人。 その道のプロに対しては逃げるほか手がない。 「そう、つけてしまってもいいの」 「変なやつが来たらお前が追い払え」 「そうね、そうする、ああ寒い」 サクは“家”で戦闘訓練を受けた、その中でも一流の戦力という扱いを受けている者だ。 これが近くに入れば、味方なら、とりあえず逃げる心配は必要ない。 「というかね」 サクがあきれ声で続ける。 「何でこんな寒いところにいるの、冬くらいはちゃんとしたところに住めば、お金は捨てるほどあるんでしょう」 確かに金はある。 だが 「ここが気に入ってるから、しばらくは移動する気はないな」 「ふーん」 なんとも不満そうな顔だ。 「まあ、2、3日外泊くらいはするけどな」 「じゃあ今度、一緒にどこか行きましょう、面白い話があるんだけれど」 「そういうことなら歓迎する」 サクの面白い話は、本当に面白く有益なことが多い。 すぐに話がまとまる。 部屋もだいぶ暖かくなっていた。 くるまっていた毛布も、もう必要なさそうだ。 「ここに来る途中にね、野良犬の狩りを見たわ」 「ほう」 野良犬の狩り、つまり人形殺しの現場。 「小さな男の子がターゲットでね、まあ見かけたときは手遅れだったけれど」 こんな日にも活発に活動しているのか、野良犬は。 それとも人形が油断しているのか。 「今日は雪が積もっているでしょう、そこに血が広がって」 「気持ち悪くなってしまったわ」 「だろうな」 人の切り傷等、外傷による出血は、黒い血が流れる。 吐血のような鮮やかさはないのが一般的だ。 まして人形の血は吐血でも黒いものだろう。 サクが笑う。 自分の手首の血管を見て。 人は純血ほど血が綺麗だという。 それも切り傷でも鮮やかな赤色。 常に戦いの中に置かれるサクは人の血の鮮やかさを知っているに違いない。 _2010/02/08 ← メモはなし ←