6_没収

:サクハ


静まり返った住宅地で息を吐く。
手間ばかりかかった2日掛かりの仕事を終えた、その解放感はない。
数歩歩いて振り返ると、案の定見覚えのある姿がそこにあった。

「ヒロ」

呼ぶとゆっくりと近づいてくる。

「見てたの?」

私のこの2日間を、ずっと。

「見てた」
「そう」

この暇人は、ずっと私に付きまとう、ということはない。
仕事の時は半々。
それ以外の時は、たまにいない。

「何か分かったの」

ずっと見ていて。

「サクが相当疲れてきていることは分かった」
「そう、気付かなかった」

歩き出すとヒロも斜め後ろについてくる。
二日ぶりの距離感。

家に着いて部屋に入るとどっと疲れが出てきた。
食事、着替え、睡眠すらどうでもいい。
ベットに倒れこむと、まだ後ろについてきていたヒロが勝手に部屋をあさりだした。
ぼうっと眺めているとやがて光るものを私の前に出した。

ナイフ。
そして私の上着の内ポケットにも強引に手を入れて、同じものを取り出された。
次々と刃物を没収され最終的に丸腰状態にされる。

そしてそれらすべてを抱えて
「おやすみ」
といって部屋を出て行ってしまった。

そこまで疲れているように見えるのだろうか。

それでも、意思に反する眠気が襲ってくる。

まあ文句は明日でもいいかな。




_2009/11/11 













7_旧市街

:ヒラク


さびれた旧市街。
崩れかけた建物があちこちに見える。
治安も悪いため、住民の多くは既に移住している。
人狩りなどは、今もあるらしい。
今ここに残っているのは、そんなところに好んで住みつく変わり者の連中ばかりだ。

放置された建物は無法地帯。
自由に、使える。
元ホテルの一室でパソコンを開くとちょうど背後に人の気配を感じた。

「お久しぶり、ヒラク」

ヘッドホン越しでもはっきり聞こえる芯の通った声。
挑戦的な目つき。

「相変わらずみたいだな、噂は聞いてる」

ヘッドホンをはずして向き直る。
1ヶ月振りくらいか。

「仕事、忙しそうだな」
「まあね」

並んでソファに腰かける。

「お前、ヒロキとは仲良くやってんの」
「仲良くはないけど」
「前みたいにすればいいじゃん、逃げる気ないんでしょ」
「今のところはね」

やれやれというように言うサクハ。
複雑だよな、こいつらも。

「ヒラク、今度泊まり来てもいい」
「いいけどヒロキは連れてくるなよ」
「言うだけ言ってみる。あ、仕事つづけていいよ」
「おう」

パソコンの前に戻るとサクハはソファに横になった。
だいぶ疲れてるように見える。

「ヒロキは今は」

気になっていたことを聞いてみる。

「撒いてきた」
「そうか」

ということは今探し回ってるな。
単純な能力ではサクハの方が強いのか、と改めて思う。

「しばらくここにいるつもりだから」
「じゃあまた1人で遊び来るね」

本当1人で来てくれよ、なるべく。




_2009/11/13 




















8_大通り

:ヒロキ


若い女の叫び声が響く。
人狩りでもあったのだろうか。
治安の悪い旧市街、こんなところに好き好んでくる方が悪い。

ビルの間から大通りに出ると幼い少女が横たわっているのが見えた。
遠目でも生きているのは分かる。
見つけてしまったのでしょうがない。

「どうした」

しゃがみこんで観察する。
軽傷、でも助かるかは微妙なところだろう。

少女と目が合う。

「野良犬に、噛まれてしまったの」

身をよじったので起こしてビルの壁にもたれかからせる。

「また人狩りがあったでしょう」
「あの悲鳴のことか、やっぱりそうなんだ」
「うん」

少女が可笑しそうに笑う。

「お兄さんは人?」
「そうだよ、狩られてしまえばいいと思うのか」
「えへへ」

悪戯っぽい笑み。

「残念、お兄さんは狩られないんだよ」
「なんで」

答えずに笑みを返す。
言ったところでしょうがない。

数秒間の沈黙。

少女が空を見上げる。
とてもさみしそうに。

「私も自分が人なのだと、思ってたの」
「そうか」

そして一度笑みを浮かべて動かなくなった。





_2009/11/14 















9_二人歩き

:トモヤ


サユを学校に迎えに行った帰り道。
近くで人の叫び声が聞こえた。
叫び声はすぐに聞こえなくなり静けさが戻る。
とくに、周囲に変化はない。

「学校で教えてもらったんだけどさ」
「なんだ」

ビルの立ち並ぶ明るい道を歩く。
人通りはない。

「最近この辺りでも野良犬が出るらしいよ」
「こんな街中で」
「うん」

さっきの悲鳴を思い出す。

「さっきのあれがそうなら、ずいぶん下手な野良だよな」
「そうね、悲鳴をあげられちゃうなんて」

俺たちでももっと上手くやる。
それだけ、人形を殺すのはた易い。

「サユ」
「なあに」
「なるべく1人で出歩くなよ」
「そのつもり。1人じゃなくても外出たくない」
「そうな」

開けた道に出る。
深夜とはいえ人通りが少なさすぎるのは、野良犬を警戒してのことだろうか。

「まあ、俺たちはまず人狩りに気をつけような」
「そうね、確かに」

野良犬には、出くわすことはあっても狙われることはないだろうから。



_2009/11/16 




















10_不愉快な人

:サユ


最近は物騒だから、一人の外出は避けたい。
それでも必要最低限のことはしないといけないから。

「一人歩きは危ないよ、大竹サユ」

余裕気に笑うその顔、私を観察するその目に、寒気がする。
よりによってこの男に会ってしまうなんて。

「こんにちは、ヒラクさん」

一応丁寧にお辞儀をする。

「いつも一緒にいる彼は」
「所用で別行動を」
「そっか」

この男に会うときは、いつも彼の方から声を掛けられる。
こちらから気付くことが、できない。

「最近は物騒だから、いくら昼間の街中でも気をつけた方がいいと思うな」
「そうね、最近の人狩りは見境がないようだから」
「野良犬もうろついているみたいだし」
「そのようね」
「知ってたんだ」

何がおかしいのか小さく笑っているのが分かる。
いつも私の反応を見て楽しんでいる、それを隠そうともしない。

「うろついているというか、さっき挨拶された」
「なにに」
「野良犬」

会話をするたび、違う世界の人なのだと思い知らされる。
わざとされている気も、しないでもないけれど。

「野良犬は嫌い、あれこそ狩られてしまえばいいのよ」

壊し屋なんて、好きになれるはずがない。
野良犬に噛まれた人形の絶望を考えればなおさら。

「あれは狩られない」
「どうして」

試すような表情で覗きこまれる。

「人間だったから」

耳を疑う。

「人狩りは人しか狩らないから……驚いたの、サユ」

息を詰まらせてしまったことに後悔する。

「そうね、そんな酔狂な人間がいたなんて」
「気に入らないなら、サユが狩ってしまえばいい」

「あ、“殺す”のほうがいいか」
「どちらでもいいわ」

そして笑いながらさっと離れたかと思えば、すぐに見えなくなった。

不愉快な人。
でも、人間の野良犬を狩るのは名案ね。



_2009/11/17 


















メモ(〜10)


“出た人”
・下に行くほど新しい

『単語』
・下に行くほど新しい


“サクハ”
・女
・刃物を携帯している
・今の時点でヒロキから逃げる気はない
・単純な能力ではヒロキより強い

“ヒロキ”
・男
・サクハのストーカーと呼ばれる
・サクハに暇人と呼ばれる
・サクハの傍に、仕事の時は半々それ以外の時はたまにいない。
・人
・人狩りには狩られない

“サユ”
・女
・学生
・サクハに会いたがる
・大竹サユ
・1人歩きは危ない

“トモヤ”
・男
・ヒロキと仲が良い
・サユに相方と呼ばれる
・野良犬に出くわすことはあっても狙われることはないと思われる

“ヒラク”
・男
・旧市街にしばらくいる
・サクハにはなるべく1人で来てほしい
・野良犬に挨拶される

『野良犬』
・人形を噛む
・最近街中でも出る
・人形を殺す
・人間は普通しない


『人狩り』
・人しか狩らない
・最近は見境がない

『人』

『人形』
・野良犬に噛まれる
・人形という自覚がないこともある

『人間』
・サユにとって、気に入らないなら狩ってしまえばいいもの



_2009/11/17